ノシャップ岬~稚内 タロジロとドームと [北陸~北海道の巻]
2011年7月23日 土曜日 622日目
なんじゃこりゃああ。朝ご飯も普通に豪華やないか!玉子も魚も付いてる。これだけでも500円以上はするから、昨夜のウニ丼は1500円以下???ぜんぜん計算合わん。しっかしこういう計算が合わないのは大好きである。
昆布干しの手伝いに行った面々は朝4時過ぎに出て行き、8時過ぎに戻ってきた。
カブライダーが2人同宿で、一人はおかっぱ少年。もう一人は札幌から来た鼻さん。本名かな?確かめたら顔の真ん中に付いてる鼻ですって。珍しいお名前ですね~。2人は意気投合した模様で、今日一緒に利尻島にフェリーで渡るそうである。
同宿のほぼ全員で記念撮影。楽しい一夜をありがとう。
チャリダー加藤くんは、昨日サロベツを走っているときリアのスポークが折れて変速機に巻き込み、あわやゴール直前で断念か!と思われたがなんとかそのまま自走できて宗谷岬まで到達したという。今日はこのあと稚内空港から飛行機で飛ぶだけなので記念撮影もゆるゆるの感じになっておる。良かった良かった。
三々五々出発して行き、ヨッシーも10時に漁師の店を離れた。といっても行くのは目と鼻の先の稚内灯台である。灯台ハンターとしては逃せない。
隣の南極越冬隊資料館もついでに見る。無料やからね。
実際使われた機材がそのまま保管されている。
室内の様子も少し再現されている。
アザラシも連れて帰ったんかい!
そして南極と言えばタロジロ物語よの。当時の新聞が掲示されていて興味深い。
タロ、国家公務犬?なんじゃそれは。5時になったらすぐ帰れるってことか?
日本に戻り、余生を過ごしたタロは、昭和45年に天寿を全うしている。
しかし死んだ後も、剥製となった身を生まれ故郷の稚内に戻そうと運動は続いている。身勝手な人間のセンチメンタルはやめてそーっとしといてやれ。人も動物も、死んだらもうそこにはオランのである。あとの抜け殻を大事にしたいのは、残ったものの思いなだけ。お釈迦さんも、死後の体はそのへんにうっちゃって置けと弟子たちに命じている。
雪上車。おもったより小さいな。
これだけではおもしろくないので、やっぱり隣の青少年科学館に入る。150円と格安やし。
歴代の南極探検船の模型が並ぶ。初代の船の実物は、以前東京お台場で係留されているのを見学したことがある。
そしておもしろ大発見!子供の頃の、タロ、ジロ、そしてサブロー。実は三兄弟やったがサブローは早くに死んでいる。なんとかわいらしいことか。
科学館やからいろんな実験が体験できたりする。その中で一番ヨッシーが反応したのがこれ。音波による波の変化を見る奴。ダイヤルを回すと波長が変わり、それに応じて発泡スチロールの粒々の形も変化する。オモロー!
ノシャップ岬から稚内まではほんの数キロの距離。市内見学の第一は、防波堤ドーム。ドームというとまたしても熊本人吉を思いだしてしまうのであるが。
以前は鉄道の駅がここまで引き込まれ、連絡船に乗り継いで当時の樺太、現サハリンまで人も物資も渡っていったのだ。いまはドーム形の防波堤が残っているのみ。
でかいのだ。
花畑を見ながらポートサービスという道の駅っぽいところに向かうと、
大阪からの自転車野郎、ウエノハジメに出会った。彼は今日、利尻礼文から戻ってきたそうで、明日から島に渡るヨッシーと入れ違いである。
ここにはコインランドリーもあるし、畳の休憩室も自由に使える。もちろんヨッシーも洗濯して畳の部屋でテレビを見て過ごした。
かなりゆっくりして、5時前に外にでる。まずはすぐ近くにあるフェリー乗り場を偵察しておく。利尻行きは6時半、7時半とある。朝イチから渡れば、それから島を走れるので都合がいい。
JR稚内駅も見ておく。乗らないけど、最北端の駅だから。
線路もここが北のさきっちょ。
買い物に行く途中見つけたジブラルタ生命。最北の支店やろうか。多分そう。
道にあった看板で、自衛隊護衛艦の一般公開が明日もあることが判明。よし、朝から見学して11時10分のフェリーに乗ろう。
スーパーはサイジョウ。天塩の道の駅で会った、13年キャンピングカー生活のじい様から聞いていたお店である。むむ。なるほどやすい。
今夜の宿泊は、ドームである。人吉の方ではない。こんなデカい屋根、使ってやらんともったいない。しかし他に宿泊者はおらず、ヨッシー一人なのは寂しい。今夜は焼き肉なのだ!しかも薄い鉄板に焦げ付かないようにアルミホイルを敷く工夫を思いついたのだ。これは快調!
お米と味噌汁もつけてどやっ!
夜遅くバイクの音が近づいてきた。帯広から走ってきたというおっちゃんは、ここの常連さんだった。ヨッシーしかいないのを見て、今夜は少ないな~と言っている。ピークはここに旅人のテントがずらーっと並ぶらしい。
おっちゃんは自分のテントを張り終えると、行きつけの飲み屋があるとかでいそいそと町に出て行った。これが楽しみであちこちに遠征するんだそうである。
走行 16キロ 出費 2136円 (えだまめ、焼き肉たれ、米、チーズ、豚肉、とうふ、おにぎり、カップめん、発泡酒、アルミホイル、科学館)
なんじゃこりゃああ。朝ご飯も普通に豪華やないか!玉子も魚も付いてる。これだけでも500円以上はするから、昨夜のウニ丼は1500円以下???ぜんぜん計算合わん。しっかしこういう計算が合わないのは大好きである。
昆布干しの手伝いに行った面々は朝4時過ぎに出て行き、8時過ぎに戻ってきた。
カブライダーが2人同宿で、一人はおかっぱ少年。もう一人は札幌から来た鼻さん。本名かな?確かめたら顔の真ん中に付いてる鼻ですって。珍しいお名前ですね~。2人は意気投合した模様で、今日一緒に利尻島にフェリーで渡るそうである。
同宿のほぼ全員で記念撮影。楽しい一夜をありがとう。
チャリダー加藤くんは、昨日サロベツを走っているときリアのスポークが折れて変速機に巻き込み、あわやゴール直前で断念か!と思われたがなんとかそのまま自走できて宗谷岬まで到達したという。今日はこのあと稚内空港から飛行機で飛ぶだけなので記念撮影もゆるゆるの感じになっておる。良かった良かった。
三々五々出発して行き、ヨッシーも10時に漁師の店を離れた。といっても行くのは目と鼻の先の稚内灯台である。灯台ハンターとしては逃せない。
隣の南極越冬隊資料館もついでに見る。無料やからね。
実際使われた機材がそのまま保管されている。
室内の様子も少し再現されている。
アザラシも連れて帰ったんかい!
そして南極と言えばタロジロ物語よの。当時の新聞が掲示されていて興味深い。
タロ、国家公務犬?なんじゃそれは。5時になったらすぐ帰れるってことか?
日本に戻り、余生を過ごしたタロは、昭和45年に天寿を全うしている。
しかし死んだ後も、剥製となった身を生まれ故郷の稚内に戻そうと運動は続いている。身勝手な人間のセンチメンタルはやめてそーっとしといてやれ。人も動物も、死んだらもうそこにはオランのである。あとの抜け殻を大事にしたいのは、残ったものの思いなだけ。お釈迦さんも、死後の体はそのへんにうっちゃって置けと弟子たちに命じている。
雪上車。おもったより小さいな。
これだけではおもしろくないので、やっぱり隣の青少年科学館に入る。150円と格安やし。
歴代の南極探検船の模型が並ぶ。初代の船の実物は、以前東京お台場で係留されているのを見学したことがある。
そしておもしろ大発見!子供の頃の、タロ、ジロ、そしてサブロー。実は三兄弟やったがサブローは早くに死んでいる。なんとかわいらしいことか。
科学館やからいろんな実験が体験できたりする。その中で一番ヨッシーが反応したのがこれ。音波による波の変化を見る奴。ダイヤルを回すと波長が変わり、それに応じて発泡スチロールの粒々の形も変化する。オモロー!
ノシャップ岬から稚内まではほんの数キロの距離。市内見学の第一は、防波堤ドーム。ドームというとまたしても熊本人吉を思いだしてしまうのであるが。
以前は鉄道の駅がここまで引き込まれ、連絡船に乗り継いで当時の樺太、現サハリンまで人も物資も渡っていったのだ。いまはドーム形の防波堤が残っているのみ。
でかいのだ。
花畑を見ながらポートサービスという道の駅っぽいところに向かうと、
大阪からの自転車野郎、ウエノハジメに出会った。彼は今日、利尻礼文から戻ってきたそうで、明日から島に渡るヨッシーと入れ違いである。
ここにはコインランドリーもあるし、畳の休憩室も自由に使える。もちろんヨッシーも洗濯して畳の部屋でテレビを見て過ごした。
かなりゆっくりして、5時前に外にでる。まずはすぐ近くにあるフェリー乗り場を偵察しておく。利尻行きは6時半、7時半とある。朝イチから渡れば、それから島を走れるので都合がいい。
JR稚内駅も見ておく。乗らないけど、最北端の駅だから。
線路もここが北のさきっちょ。
買い物に行く途中見つけたジブラルタ生命。最北の支店やろうか。多分そう。
道にあった看板で、自衛隊護衛艦の一般公開が明日もあることが判明。よし、朝から見学して11時10分のフェリーに乗ろう。
スーパーはサイジョウ。天塩の道の駅で会った、13年キャンピングカー生活のじい様から聞いていたお店である。むむ。なるほどやすい。
今夜の宿泊は、ドームである。人吉の方ではない。こんなデカい屋根、使ってやらんともったいない。しかし他に宿泊者はおらず、ヨッシー一人なのは寂しい。今夜は焼き肉なのだ!しかも薄い鉄板に焦げ付かないようにアルミホイルを敷く工夫を思いついたのだ。これは快調!
お米と味噌汁もつけてどやっ!
夜遅くバイクの音が近づいてきた。帯広から走ってきたというおっちゃんは、ここの常連さんだった。ヨッシーしかいないのを見て、今夜は少ないな~と言っている。ピークはここに旅人のテントがずらーっと並ぶらしい。
おっちゃんは自分のテントを張り終えると、行きつけの飲み屋があるとかでいそいそと町に出て行った。これが楽しみであちこちに遠征するんだそうである。
走行 16キロ 出費 2136円 (えだまめ、焼き肉たれ、米、チーズ、豚肉、とうふ、おにぎり、カップめん、発泡酒、アルミホイル、科学館)
相変わらず楽しそうな日々を過ごしていますね
昨日泊まった根室のライハで「いくつに見える?」って高校生に聞いたら
「50歳?」と言われてショックを受けました
写真を見るかぎりヨッシーより全然若いじゃんと思うのですが・・
by じーじ (2011-08-27 20:30)
じーじ
網走通り越したか~。しかし人が自分をどうみてるかなんていい加減なもんやで。60と言ったと思えば40に見られる。平均すれば良し。同じ日に、痩せたと言われたり太った?と言われたり。以前鼻の下の髭を剃ったとき、一ヶ月後に毎日顔を合わせてる母親が髭無しに気が付いた。そんなもん。
by 旅人ヨッシー松田843 (2011-08-27 20:49)